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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10934号 判決 1992年8月31日

主文

一  原告と被告との間において、原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の店舗の平成三年八月分の賃料額は金一二四万九五〇〇円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

第一  請求

原告と被告との間において、原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の建物の平成三年八月分の賃料額は金二〇七万五〇〇〇円であることを確認する。

第二  事案の概要

一  本件は、店舗を賃貸している原告から賃借人である被告に対し、近隣の建物の賃料との比較を考慮して痛感した本件店舗の資産価値保全の必要から賃料の増額を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、昭和四八年九月、被告に対し、原告所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件店舗」という。)を賃貸し、被告は本件店舗において、現在ゲームセンターを営んでいる(なお、別紙物件目録記載の道路側張り出し部分が当初から賃貸の目的とされていたかについては争いがある)。

2  原告と被告とは、昭和六三年九月一日、従前の賃貸借を更新し、平成元年九月一日以降分の月額賃料を金一〇〇万円とし、保証金の額を一五〇〇万円、賃貸借の期間を平成三年八月三一日までとした(ただし、被告は当初から保証金の額は一五〇〇万円であつたと主張している。)

3  原告は被告に対し、平成三年七月二九日発信の内容証明郵便で、本件店舗の月額賃料を同年八月一日から金三一二万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、右書面は同年七月三一日、被告に到達したが、被告は右増額請求に応じられない旨を回答した。

4  原告は、平成四年六月一一日本件口頭弁論期日において、平成三年八月分の賃料を金二〇七万五〇〇〇円とするのが相当である旨述べて本件確認請求を右金額に減縮した。

三  本件の争点

本件賃貸借における平成三年八月の適正賃料額

第三  当裁判所の判断

一  本件鑑定の概要

本件鑑定の結果である鑑定評価書によれば、本件建物の平成三年八月一日時点の適正継続支払賃料は月額金一二三万七〇〇〇円(一平方メートル当たり八三一五円)と評価されていることが認められ、その概要は次のとおりである。

まず、鑑定人は、裁判所が選任した両当事者に利害関係を持たない不動産鑑定士であり、現地を確認の上、近隣地域の概況、対象不動産の状況を把握し、前記争いのない事実を踏まえ、直近合意時点であると認められる平成元年九月一日の月額賃料金一〇〇万円を前提として、通常、継続賃料の鑑定に採用される差額配分法、スライド法、賃貸事例比較法を評価の基礎として考慮し、その結果、差額配分法による試算賃料は月額金一二五万九〇〇〇円、スライド法による試算賃料は月額金一二一万二七〇〇円、賃貸事例比較法による試算賃料は月額金一二四万九〇〇〇円となることを各認定し、継続賃料であることからスライド法にやや重点をおいて調整するとし、差額配分法を三〇パーセント、スライド法を五〇パーセント、賃貸事例比較法を三〇パーセントとして加重平均し月額賃料としては一二三万七〇〇〇円(一平方メートル当たり八三一五円)が適正であると評価している(スライド法五〇パーセントというのはその金額から考えて四〇パーセントの誤記と思われる。ちなみにこれを四〇パーセントとして加重平均すると一二三万七四八〇円となる)。これは従前の賃料と比べ、合意後一年一一か月間で実質二三・七パーセント(年間平均約一二・四パーセント)の増加となつている。

二  共立鑑定の概要

ところで、原告は第一回口頭弁論期日において鑑定の申請をし、鑑定結果に対して、これが相当でない旨を主張し、別に共立不動産鑑定事務所作成の鑑定書(甲第一二号証、以下「共立鑑定」という。)を提出して、右鑑定書の金額が相当であるとして確認請求金額を減縮しているので、以下、本件鑑定の結果と共立鑑定とを比較しながら、本件店舗の適正賃料額を検討する。なお、共立鑑定の概要は次のとおりである。

共立鑑定書は、原告の依頼により不動産鑑定士の資格を有する者二名が平成四年三月時点において実施した本件店舗の平成三年八月一日時点における適正継続賃料であり、現地を確認の上、近隣地域の概況、対象不動産の状況を把握し、原告の説明に基づき直近合意時点であると認められる平成元年九月一日の月額賃料金一〇〇万円を前提として、差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法の四つの手法を評価の基礎として考慮し、その結果、差額配分法による試算賃料は月額金二五〇万四〇〇〇円、利回り法による試算賃料は月額金一三六万五〇〇〇円、スライド法による試算賃料は月額金一三〇万四〇〇〇円、賃貸事例比較法による試算賃料は月額金二〇一万五〇〇〇円となることを各認定し、差額配分法、賃貸事例比較法をやや重視し、月額賃料としては二〇七万五〇〇〇円(一平方メートル当たり一万三九五〇円)が適正であると評価している。これは従前の賃料と比べ、合意後一年一一か月間で実質一〇七・五パーセント(年間平均約五六・一パーセント)の増加となつている。右の四つの試算賃料をどのように算定したか明記されてはいないが、差額配分法及び賃貸事例比較法を各四〇パーセント、利回り法及びスライド法を各一〇パーセントの割合で加重平均値を求めると金二〇七万四五〇〇円となることから、「やや重視し」と表現されてはいるものの、前二者を後二者の四倍の比率で考慮していることが認められる。

三  本件建物の適正賃料について

ところで、建物の継続賃料の適正額というのは、賃貸人の側から考えると当該建物及びその敷地を有効利用して得られる経済価値の実現に重点が置かれるのに対し、賃借人の側から考えると過去の合意時点からの変動事情に重点が置かれ、適正賃料という場合、理論上は当該土地建物の経済価値が算定の基準となる半面、借家法の賃料の増減請求においては「建物の借賃が土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減に因り、土地若しくは建物の価格の昂低に因り又は比隣の建物の借賃に比較して不相当なるに至りたるとき」に限られており、最終合意時の賃料は双方が納得の上で合意したものと認め(納得できなければ合意せずに相当と思われる額を請求し又は支払うことが認められている)、その後の右のような事情変更を基準として適正賃料額を算定すべきものとされているのである。そして、継続賃料の鑑定に当たつて、その双方の観点を取り入れた複数の手法による試算賃料額が算定される理由は理論上の問題と借家法上の増減請求の基準の問題を考慮する必要があるからであり、裁判所は、当該鑑定の結果又は鑑定書がどのような観点から当該鑑定を実施しているかを検討して当該事案に即した金額を算定する必要がある。

そこで、本件鑑定の結果と共立鑑定を比較すると、次の点を相違点及び問題点として指摘することができる。

1  差額配分法について

差額配分法は、土地価格と建物価格とを合算し、土地及び建物を合わせた期待利回りを乗じ、これに必要諸経費を加えた金額を正常実質賃料として、これと実際に支払われている現行の実質賃料との差額を求め、その差額を賃貸人に帰属すべき部分とそうでない部分に振り分けた上、これに賃貸人に帰属すべき割合を乗じたものが差額配分法による試算賃料となるところ、本件鑑定の結果によれば、土地価格を約一二億四五八〇万円、建物価格を約四八五万円とし、期待利回りを二パーセントとして年間必要諸経費約一二三万円を加えた正常実質賃料は年間約二六二四万円となり、実際実質賃料一二九〇万円との差額は約一三三四万円となる。そして賃貸人に帰属すべき割合を三〇パーセントと評価してその差額分約四〇〇万円を現行の実際支払賃料に加えて保証金運用益を控除して月額金一二五万九〇〇〇円と計算しているのに対し、共立鑑定によれば、土地価格を約一四億七四一八万円(本件鑑定の結果と比較し約一八・三パーセントの増)、建物価格を約三七一一万円(同じく六六五パーセント増)とし、期待利回りを三パーセント(同じく五〇パーセント増)として年間必要諸経費約二四四万円(同じく九八・四パーセント増)を加えた積算賃料は年間約四八五一万円となり、また比準賃料を平方メートル当たり二万八一〇〇円と査定し、右の積算賃料と比準賃料を関連付けて正常実質賃料を月額四一〇万六〇〇〇円(年額約四九二七万円、同じく八七・八パーセント増)とし実際実質賃料月額約一〇九万七四〇〇円(年間約一三一七万円)との差額は約三六一〇万円となる。そして賃貸人に帰属すべき割合を五〇パーセントと評価してその差額分年間約一八〇五万円を現行の実際支払賃料に加えて保証金運用益を控除しないで月額金二五〇万四〇〇〇円(同じく九八・九パーセント増)と計算している。

そこで以下順次双方の鑑定の試算過程を個別に検討すると、土地価格の算定については、平方メートル当たり二六五〇万円と評価している点は同一であるが、いずれも現況は最有効使用がされていないことを前提としながら本件鑑定がその点を考慮して二〇パーセントの減価をしているのに対し、共立鑑定は何等の考慮もしていない点が価格差の第一の要因であり、階層別効用比率による本件店舗部分の比率を本件鑑定が二八・一パーセントとするに対し共立鑑定が三四・三一パーセントとするのが第二の要因である。第一の点について言えば、最有効使用がされていないとき土地価格をそのまま建物の借賃に反映させると実際の効用以上の負担を賃借人に強いることになるから(極端な例で言えば最有効使用が一〇階のビルで一階建ての建物がある場合、その一階のみで一〇階の場合と同じ収益を得ようとすると、その一階の賃料から一〇階分の相当する賃料をとるのが適正であるということになつてしまうので)減価して考慮するのが相当であり、共立鑑定では最有効使用を一〇階建程度とし、本件鑑定は八階建程度としていることを併せ考えると、被告の主張する三〇パーセントの減価は高きに過ぎ、本件鑑定程度の減価が相当と考えられる。第二の点について考えると、本件ビルは首都圏内にあるビルで下が店舗、上に行くと事務所として利用されており、《証拠略》によれば、本件鑑定の階層別効用比率の方が共立鑑定より合理性があるものと考えられ、これを覆すに足りる証拠はない。したがつて、土地価格については、本件鑑定の方が共立鑑定よりも正当であると評価できる。次に建物価格の差の第一の要因は再調達原価を本件鑑定が間接法の比較法により平方メートル当たり金二〇万円と査定しているのに対し、共立鑑定が材質等の観察により金三六万三〇〇〇円と査定している点であり、第二の大きな要因は全耐用年数に対する残存耐用年数について本件鑑定が全耐用年数を三五年、残存耐用年数を一〇年とし、定率法(最終残価率一〇パーセント)により主体部分(七〇パーセント)に〇・一九を乗じているのに対し、共立鑑定が全耐用年数を四〇年、残存耐用年数を一五年とし、定額法により主体部分(七五パーセント)に〇・三七五を乗じ、更に観察減価法により一〇パーセントの減価率を考慮している(したがつて更に〇・九を乗じている)点である。第一の点は本件鑑定が一般的資料に依拠しているのに対し、共立鑑定が個別観察に基づいている点では後者の方が具体性のある数値と言えるが、基準となる事例が示されていない点では客観性が乏しい。第二の点はいずれも全耐用年数の判断根拠が示されておらず、これを判断する資料がないので、その優劣を決めがたいが、いずれにしても、土地価格に対する建物価格の割合は、建物価格の高い共立鑑定によつても九七・五四に対し二・四六程度(本件鑑定では九九・六に対し〇・四程度)であり最終的な賃料額に与える影響は極めて小さい。次に期待利回りについて見ると、本件鑑定では総合期待利回りとして二パーセントとしているのに対し、共立鑑定では土地について三パーセント、建物について五パーセントとし、価格構成割合に従つて総合期待利回りを三・〇九四パーセントとしているのであるが、賃料の算定に当たつて期待利回りを高くみると、土地価格が一時的に急騰したときは不相当に高く賃料に反映することになり妥当性を欠くことになりかねないので、制限的に考慮すべきであると考えられ、また、仮に総合期待利回りを乗じた結果不相当に高額になるときは、賃貸人に帰属すべき差額配分割合を考慮すべきものと考えられる。そうした観点から各鑑定の数値をみると、本件鑑定の二パーセントが低過ぎるとも言えないし、三パーセントが高過ぎるとにわかに即断することもできないのであるが、本件当時のようにいわゆるバブル経済を反映して余剰資金が不動産投資に向けられ、土地価格が実勢以上に急騰したような場合には、差額賃料額は大きくなりやすく、その後反転して土地価格が急落したような場合でも、一般的に賃料については賃金と同様その下方硬直性により減額請求が困難である現在の経済状況の下においては、一時の高騰によつて生じた差額賃料を継続賃料において大きく取り入れることは相当ではなく、利回り率や賃貸人に帰属すべき割合を適正に調整して妥当な数値を導くべきであると考えられるところ、そうした観点からみると、共立鑑定の利回り率三パーセント、賃貸人への帰属割合五〇パーセントは、結果的にわずか二年足らずで従前賃料の二・五倍という通常の賃料増額割合から考えると、異常な数値となつており、本件鑑定の方に合理性があるものと認めることができる。したがつて、本件鑑定における試算賃料は、建物価格の算定及び諸経費の算定には検討を要する点を残してはいるが、結論としては妥当なものとして是認することができる。

2  スライド法について

スライド法は、最終合意時点から鑑定の基準時までの、土地建物に対する公租公課、土地建物価格、比隣の建物の借賃などの増減率を基準として不相当となつた割合に応じて適正価格を求めるものであり、本件鑑定の結果は七つの指数を検討し、内四つの指数は高過ぎる又は低過ぎるとして排斥し、三つの指数(固定資産税、国民総支出、東京ビルヂング賃料値上状況)を参考として本件の変動率を二〇パーセントと決定している。これに対し共立鑑定は固定資産税、路線価、渋谷周辺中・小規模ビル家賃上昇率の三点を参考として三〇パーセントと決定している。まず本件鑑定についてみると、固定資産税の上昇率は平成元年から同三年までの二年間で一九・七八パーセント、国民総支出(名目)は一五・四五パーセント、東京ビルヂング協会五一七件の二年間上昇率は一〇ないし一五パーセントが二二五件(約四三・五パーセント)、一五ないし二〇パーセントが一六九件(約三二・七パーセント)と認定し、本件店舗が遊技場であり、一般店舗、事務所よりも賃料の値上げ率は高いことを理由として、これら三つの数値より高いものとしてその変動率を二〇パーセントと決定しているのに対し、共立鑑定では、近年の地価急騰により消費者物価指数との相関関係は崩れたとして、固定資産税が二八・九七パーセント、路線価が三九・三六パーセント、渋谷周辺の中小規模ビルは、各データ及び専門家の意見を総合すると三〇パーセント前後という三つの指標を比較衡量して変動率を三〇パーセントとしている。本件鑑定が実証されている(本件鑑定で採用した資料は乙第三号証として提出されている)一般的な数値を採用している点では規範性が高い半面、本件ビル周辺の同種のビルの上昇率という個別性は必ずしも十分に反映されないという特徴を有するのに対し、共立鑑定はその個別性を重視している点は評価できるが、各データ及び専門家の意見というのみで客観性に乏しく、具体性に欠ける。そして一般にスライド賃料を考える場合において、多数の事例を集積しないと一般的な上昇率を求めることはできないのであるから、多数の事例を踏まえた数値を基礎として、本件ビルの特徴を加味してその上昇率を導いている本件鑑定の数値の方が共立鑑定の数値よりも規範性が高いと評価することができる。したがつて、スライド法による試算賃料についても本件鑑定が妥当性を欠くと認めるに足りる証拠はない。

3  賃貸事例比較法について

賃貸事例比較法は、近隣類似地域における対象不動産と類似する賃貸事例を収集し、その中からより本件に近い事例を選択し必要な補正を行つて比準賃料を決定するものであり、本件鑑定の結果は、渋谷区内にある類似建物五例の新規賃料を参考として月額平方メートル当たり金一万二七〇〇円とし、本件の借家期間が一八年経過していること等から継続賃料としてはその七〇パーセントが相当であるとして、月額平方メートル当たり金八九〇〇円とし敷金運用益を控除して平方メートル当たり八三九六円と算定している。これに対し共立鑑定は、渋谷区内にある類似建物七例の継続賃料を参考として月額平方メートル当たり金一万四二〇〇円とし、保証金の運用益を控除して平方メートル当たり金一万三五四五円と算定している。

ところで、一般に新規賃料は正常賃料に近い数値を示すのであり、継続賃料との間には開差が存するのが一般であり、賃貸事例を比較するに当たつては、できるだけ同程度の継続性のある事例を比較するのが望ましく、これが入手できないときは、継続賃料としての補正をすべきであると解されるところ、本件鑑定はいずれも新規の事例を比較して継続賃料としての補正を行つているのに対し、共立鑑定では継続賃貸事例に必要な修正を行い、これに基づいて比準賃料を算定している。これを比較すると本件鑑定は事例の選定においては不十分ではあるものの一八年の継続性を割合で評価しており、一般性が認められるのに対し、共立鑑定は継続事例を参考にしている点だけを見るとより適正な事例を選択していると言えるが、その内容をみると単価としては本件賃貸借後に賃貸された物件五例の内四例よりも低く、本件以前の物件二例よりも高く評価しているものの、修正要素が非常に大きく(事例全体では七〇ないし一六七パーセントの範囲で二ないし四項目の修正がされている)、主観的な判断が大きな比重を占め、現行賃料との開差の大きさを考えると果して適切な事例の選択であるかに疑問を容れざるを得ない。そうした諸点を考慮すると、共立鑑定の数値をもつて直ちに本件鑑定の結果を不合理不適切と論難することはできないと言わねばならない。

4  利回り法について

本件鑑定は利回り法による試算賃料を求めていないが、共立鑑定は本件土地建物の基礎価格を前記と同様に算定し、利回りを一パーセントとし、価格時点の必要諸経費を加え、保証金の運用益を控除して、月額金一三六万五〇〇〇円(平方メートル当たり金九一七六円)を算出している。なお、本件鑑定の数値に基づき仮に利回りを一パーセントとして計算すると、土地価格と建物価格の合計額は約一二億五〇一六万円であり、これに一パーセントを乗じた金額に必要諸経費約一二三万円を加えると約一三七三万円となり、保証金運用益九〇万円を控除して月額を求めると約一〇七万円(平方メートル当たり約七一九〇円)となる。したがつて、もし本件鑑定が利回り法を採用していればより低い鑑定となつた可能性があるが、他の手法との開差が大きく、割合としても低過ぎる結果となるので規範性は乏しいとの判断で採用しなかつたとも推測される。

5  各手法による試算賃料額の総合的評価について

前記のとおり、継続賃料の適正額の評価に当たつては、当該資産の経済価値の実現と前回合意後の変動の双方を考慮して算定すべきところ、本件鑑定は、継続賃料としての性格に鑑み、スライド法による試算賃料を差額配分法及び賃貸事例比較法と比べて一〇パーセント多くして加重平均値を算出しており、一般的に合理性のあるバランスのとれた配分を示している。これに対し、共立鑑定は、前者の側面を重くみて差額配分法及び賃貸事例比較法の双方をいずれも四〇パーセントとし、前回の合意賃料を基礎とするスライド法及び利回り法の双方をいずれも一〇パーセントとした場合とほぼ同じ金額を査定しており、一方に偏した配分割合と評価でき、前記のような借家法の増減請求の趣旨に鑑みると、これを適正な配分として採用することはできない。

6  適正賃料額について

以上の検討の結果によれば、原告自身が最終的に相当なものとして減縮した金額の基礎となつている共立鑑定には、基本的な問題点が数多く含まれており、裁判所において採用し得ないものであり、これに対して本件鑑定の結果は基本的に支持できるものである。なるほど原告は本件鑑定を細部にわたつて批判しているのであるが、その多くは原告が依拠する共立鑑定にもそのまま該当するものであり(例えば再調達価額を平方メートル当たり四〇万円以下に見積る建築工事請負会社は存在しないと主張するが、共立鑑定では本件建物の再調達単価を三六万三〇〇〇円と評価している。全耐用年数は六〇年であると主張するが共立鑑定では主体部分を四〇年、設備部分を一五年と認定している。建物の期待利回りは七ないし八パーセントでなければならないことは不動産鑑定上の正常な常識であると主張するが、共立鑑定では五パーセントと評価している。総合期待利回りが五パーセントを下ることは有り得ないと主張するが、共立鑑定では三・〇四九パーセントと判断している。張り出し部分を脱落させていると主張するが、共立鑑定でも本件鑑定と同じく鑑定の対象賃貸部分は一四八・七六平方メートルの契約面積とされているなど。)、また、原告の本件鑑定を批判する主張について、これを立証する証拠資料は提出されていない。

なお、確かに本件鑑定には、原告及び被告が指摘するように誤記(一七頁のスライド法五〇%とあるのは四〇%の誤記であることは加重平均値を逆算すれば分かる。一〇頁の最有効使用がされていないための減価が二〇パーセントであるのに計算式では一マイナス〇・二とすべきところ〇・〇二と記載している等)があり、また、以上に指摘したような問題点を含んでいることが認められるのであるが、そうした問題点も考慮して、本件鑑定金額を更に変更すべきかを総合的に考えると、結論的にはこれを支持することができ、次の点を除き、妥当なものと判断する。即ち、本件賃貸部分の実測面積が店舗部分一四六・四六平方メートル、張り出し部分六・八平方メートル、合計一五三・二六平方メートルであることは当事者間に争いのない事実であるが、本件鑑定及び共立鑑定のいずれも契約面積四五坪で鑑定が実施されているのは原告の主張によれば必ずしも当事者が契約面積で賃料額を決定するとの合意に基づくものではないことが窺われ(原告は鑑定が張り出し部分の鑑定を脱落させていると主張しているが、鑑定申立書からは契約面積によらず、張り出し部分を含めた実測面積での鑑定を申し立てたとの事実を認めることはできず、原告が依頼した共立鑑定でも契約面積で実施されていることを併せ考えると、むしろ原告が鑑定人に対し実測面積で実施するよう明確に申し出をしなかつた結果、契約面積を前提とする鑑定が実施されたものと推測される)、そうだとすれば、、現実には張り出し部分を含めて賃貸されているのであるからその範囲において、本件鑑定の数値に修正を施さなければ妥当性を欠くと言わねばならない。そこで本件鑑定における各試算賃料について検討すると、まず、スライド法については前回合意時の実測面積と今回改定時の実測面積に差異はないのであるから本件張り出し部分を含むとしてもなんらの影響を受けない。また、差額配分法については評価対象部分の比率の算定に当たつては一階一七〇・八〇平方メートル全体を基礎としており、契約面積は考慮されていない。したがつて、契約面積によつても張り出し部分を含めた面積によつても評価対象部分の比率は影響を受けず、その試算賃料に影響をもたらさない。これに対し、賃貸事例比較法では平方メートル当たりの単価を基礎とし、契約面積を乗じているから、実測面積との間に差異が生じる。そこで実測面積に基づいて賃貸事例比較法による試算賃料を計算すると、平方メートル当たり八九〇〇円であり、保証金運用益九〇万円を実測面積で割つて月額を出すと四八九円となり、八九〇〇円から四八九円を控除して実測面積を乗じると一二八万九〇七〇円となる。したがつて本件鑑定の割合で各手法の試算賃料を評価し、加重平均値を求めると差額配分賃料一二五万九〇〇〇円の三〇パーセントである三七万七七〇〇円、スライド賃料一二一万二七〇〇円の四〇パーセントである四八万五〇八〇円、そして修正した賃貸事例比較賃料一二八万九〇七〇円の三〇パーセントである三八万六七二一円の合計額である一二四万九五〇一円となり、端数を切り捨てると、本件建物の実測面積による賃料は一二四万九五〇〇円が適正であると認められる。平方メートル当たりでは八一五三円となり、二四・九五パーセントの増加(年間一三パーセントの割合による増加)である。

第四  結論

以上によれば、原告の被告に対する請求は、本件店舗の平成三年八月分の賃料が月額金一二四万九五〇〇円であることの確認を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担についてはこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正之)

《当事者》

原 告 有限会社サカエビューティサロン

右代表者代表取締役 蓑原江以子

右訴訟代理人弁護士 田中紘三

被 告 株式会社 永楽

右代表者代表取締役 山根泰二

右訴訟代理人弁護士 近藤彰子

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